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嫁坂

→7/22小尻谷坂の続き
先月友人のNさんと坂巡りをしました。その時の続きです。
石引町にかつて住んでいた事は先に書きましたが、その場所の一つが嫁坂から真っ直ぐ石引大通りに突き当たった角です。勤務先の寮がありました。寮とは云っても古民家で、最近は町屋と云われ街中の古民家が見直されていますが当時はただ古い家だなぁと思うだけでした。玄関を入ると通り土間が続き、その先には流しやお手洗いなどの水回りがありました。浴室は無く銭湯通いでした。
寮の人の多くは石引大通りにある新しくてきれいな銭湯を利用していましたがそこはいつも混んでいて、私と仲の良かった友人の二人だけは嫁坂の下にある古い銭湯を利用していました。そちらの銭湯は大通りの銭湯と比べると寮からの距離は少し遠くなるのですが、比較的に空いていたのでのんびり利用出来たのです。なのでこの坂は毎日のように通っていましたが、「八坂」と同じく当時は「嫁坂」と云う名称は知りませんでした。
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坂の上にベンチがあるちょっとした休憩場所が作られていました。

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「嫁坂」の名称の由来は、坂の上に屋敷があった加賀藩重臣の篠原出羽守が、坂の下に住む本庄主馬に娘さんを嫁がせる為にこの坂を作り広げ婚礼に利用したからだとのことです。
しかし別に、邪険な姑さんがお嫁さんを谷へ突き落して殺してしまったから「嫁殺坂」と云ったのを略して「嫁坂」になったと、恐ろしい説もあります。(共に金沢古蹟志による)
仕事仲間の雑談で、仏教絡みの昔話に登場する姑とか老婆など年配女性は信仰心が無く欲深で性格悪い人多いよね、と云う話をしたことがあります。「嫁おどしの面」しかり、「牛に引かれて善光寺」にお参りしたのも欲深なお婆さんでした。しかし、皆、改心して信心深くなってめでたしめでたしとなります。
お嫁さんを突き落した姑さんは、反省して心を入れ替えることができたのでしょうか。
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銭湯通いですから通るのは殆ど夜で、暗いイメージしかありませんでした。嫁殺しのおどろおどろしい伝説があるのも少し頷けるかな。
例え姑さんが反省し改心してもお嫁さんが死んでしまったのでは他の話の様に「めでたし」とはいきません。改心してもしてなくても重いものを背負って残りの人生を生きたのでしょうか。
「実は、死んだと思ったお嫁さんは気絶してただけだった」・・なんてオチがあれば救われるのですがねぇ。
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坂の途中に佇むNさん。
ちなみに、この方は家娘なので姑さんに突き落される心配はありません。(笑

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銭湯は無くなっていました。記憶が曖昧ですが、左の水色の建物が銭湯のあった場所ではないかと思います。
風呂桶抱えて坂を昇り降りしてたなんて、「神田川」のような世界観を実践していたのかと思うと、こっ恥ずかしいと云うかほろ苦いと云うか・・・。
当時はこんなきれいな石段ではなく、普通のコンクリートの階段だったように思います。

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これは「欠原町(がけはらまち)の坂」と思われます。
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寮だった建物は取り壊され駐車場になっています。
最近、町屋がリノベーションされて新たな役目を与えられその命を繫いでいますが、私が暮らした家は生き延びることが出来なかったようです。

8/22馬坂に続く→


※「嫁坂」に行くには、北陸鉄道バスを石引町(小立野方面)で下車、通りを横断し、「セーラーズキタガワ」さんと駐車場の間の道を直進します。
お車の場合は、「本多の森ホール」の前に、大きな有料駐車場が有ります。

 
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    ayumi * 坂の街 金沢 * comments(0) * trackbacks(0)

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